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ATOKとF10

ATOKを使っていて、GNOME系のエディタで文章を書いてたりすると、標準の設定では、F10で英字変換のはずなのですが、GNOMEに横取りされて、メニューが表示されます。orz
これは、GNOMEのショートカット設定がF10を使用するようになっているためなので、設定エディタを起動して、以下の項目を任意のキーに書き換えることで回避可能です。
#元ネタがどこか思い出せません。orz
/desktop/gnome/interface/menubar_accel
ちなみに、ワタクシはとりあえずF11としていますが、なんか他のものとバッティングの可能性があるため、ショートカットでメニューを開く必要がないならば、空にしててもよいのかも知れません。

で、ちょっと思うんですが、GNOMEのこの手のショートカットって、元はなんなんでしょうね。
Windowsに準拠しているなら、こんなことにはならないと思うんですが。
とはいえ、GNOMEとかLinuxでWindows準拠にするはずもないのかな。
こういうところは、Windowsユーザーからの移行組を意識するなら、ディストリビューションで最初から意図的にWindowsに似せておく方がよいような気もするんですが。
もちろん、パワーユーザー向けに変更可能にしておくのは問題ないというか、変更可能にしとかないとパワーユーザーから叩かれると思うんですけどね。
ま、その辺は余録。(笑)

さらに余録。
FireFox上のテキストボックスで入力していると、ATOKの変換というか入力がかなり遅いです。
これは、おそらくリッチエディットコントロールが遅いのかな、という印象なんですが。
FireFoxの3.0からLinux版はGNOMEのコントロールを使用しているはずです。
そのため、独自コントロールではなく、OS本来のコントロールの機能を使えるようになっているため、有利なことも多いと思うんですが、もしかしたら、LinuxというかGNOMEのリッチエディットコントロールって、ダメなのかも。
まあ、悪さをしているのがATOKの可能性も決して低くはないんですけどね、印象として、すごくたくさん割り込みが入っている印象です。
ちなみに、この文章そのものはLeafPadで書いていますが、ものすごく快適に入力できています。
そのため、問題がありそうなのが、おそらくココログの編集画面で使用されているであろう、リッチエディットコントロールなのかな、と思ってるんですけど。
ま、調査もしていないし、憶測で悪者決めつけるのもアレですけど。(笑)

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Ubuntu」カテゴリの記事

コメント

ああ、また深い話書いてますね(笑)。

キーバインドの問題って結構大きいと思うんですよ。
例えば、古参のUNIXユーザーかつFirefoxユーザーなんかは

「昔のFirefoxは良かった。ショートカットキーがEmacs式だったから。」

とか書いてたりするんですが(笑)、いや、それはちょっとおかしいんじゃないか、とか思ったりしますね。
どう考えてもUNIX系OSはマジョリティではないのです。好む好まざるに関わらず「標準はWindows」になってしまったんで、「古来のUNIXの流儀では・・・・・・」って議論はおかしいのでは、と。
その点、Mozillaは良く分かっていて、さっさとIE系ショートカットに手直しした辺りは慧眼なんですよね。どの道「古来からのUNIXユーザー」なんかの数は限られていますし、戦略的に「IEからの乗り換え層」をターゲットとするのなら、乗り換えに問題が生じるようなショートカットは搭載すべきではない。潜在ユーザーを見込むなら正しい判断です。
そもそもEmacs自体が実は批判が多いツールですし、あんなCtrlキー多用のユーザーインターフェースが「一般ウケ」する筈が無いのです。

Ubuntuが世界的に広く受け入れられている理由の一つに「古来のUNIX流儀を押し付けてない」って事はあり得ると思っています。割りにケーハクに「Windows型路線」に迎合してるのではないか、と。「古来のUNIX系インターフェースにこだわりがある」層は別のディストロ使ってくれ、と言わんばかりで。
んで、それも正解だと思います。「古来からのハッカー」なんてのは数が限られていますし、「オープンソースの思想」に共鳴した層なんかも現代で圧倒的な数は「Windowsからパソコンを始めた層」で占めているのです。だからCanonicalの判断は正しいんですよね。
今回の[F10]問題なんかは、割りに「古いGUIの部分」が残っていたケースなのかもしれませんよ。改善して貰えるなら貰ったほうがイイ部分なのかもしれません。少なくともジャストシステムがそうした理由は[F10]はWindowsでは使われていないから、と言う単純な理由があるとは思います。

投稿: cametan | 2008年4月20日 (日) 20時23分

cametanさん、コメントありがとうございます。
こんなとこにコメントつくとは、正直思ってなかったんですけど。(^^;
>キーバインドの問題って結構大きいと思うんですよ。
これは大きいと思うんですよ、同じく。
例えば、GEditなんか、WindowsのNotePadとは全然違うキーバインドで、設定変更も出来ない。
これが、Kateだと出来るみたいなんですけどね。
GNOME標準のエディタではキーバインドが変更出来ない。
ここは、主張して欲しくないところなんですよ、アプリケーションに。
提案はOKだと思います。
デフォルトのキーバインドがあって、それは、GEdit開発者が提案する使い易いキーバインド。
でも、実際に使う側からすれば、それは押しつけであって、声高に主張されても困るところだと思うんですよね。
cametanさんの意見通り、マジョリティであるところのWindowsのNotePadもキーバインドは変更できません。これはMSだから許されるというか。
Windowsの他のテキストエディタはキーバインドは変更可能ですし。
#開発環境のVisualStudioなんかでも変更可能です。

例えばIMEのキーバインドは、提案型だと思うんですね。ATOKだけでなく、MS-IME、もちろんAnthyだって変更は可能です。
自分たちはこのキーセットが使い易いと思うけど、もちろん使い易いように変更してよいですよ、という。

>潜在ユーザーを見込むなら正しい判断です。
とおっしゃられているように、潜在ユーザー乗り換えユーザーを見越すなら、UIは押しつけてはいけない、と思います。

>Ubuntuが世界的に広く受け入れられている理由の一つに「古来のUNIX流儀を押し付けてない」って事
はあり得ると思っています。割りにケーハクに「Windows型路線」に迎合してるのではないか、と。
「古来のUNIX系インターフェースにこだわりがある」層は別のディストロ使ってくれ、と言わんばか
りで。
これも同意見ですね。ケーハク結構、と。
Emacs最高、も意見としてはアリだと思います。その人にとっては慣れたUIですし、本当に最高なんでしょうから。
でも、それじゃなきゃダメだ、という押しつけは、Windowsが大多数を占める世の中で通用しない、と。
むしろ、Windows風に使えますよ、という「提案」を大事にした方が、市場に食い込めると思うんです。
まずはパイを奪ってから。それから主張に入ってもいいのかな、と。

>少なくともジャストシステムがそうし
た理由は[F10]はWindowsでは使われていないから、と言う単純な理由があるとは思います。
ちなみに、F10はATOK標準でも使われていますけど、MS-IMEが使っているんですよね。だから、Windowsでは少なくともIMEが有効の場合には、F10が他のアプリケーションに持って行かれることがない。
LinuxのIMEの仕組みはよく解っていないんですが、F10にアプリケーションのショートカットキーがバインドされていてもいいので、IMEが有効の場合には、IMEで奪って欲しい、そう思います。
逆に、そうなっていれば、あまり文句も来ないし、問題が浮き彫りにもならなかったのかな、と。
同様に思っているのが、TABキーなんですよ。
ATOKでは、Tabキーで連想変換だったかな、それが使えるのに、Tabキーで、例えばGEditだと、アプリケーションに先にキーが持って行かれてしまって、使えない。
LeafPadを使っているのは、その手のキーがアプリケーションに持って行かれないから、だから日本語テキストエディタとして使用しているわけで。
GNOMEのせいなんだか、GEditのせいなんだか、切り分けも出来ていませんが、できればIME周りは改善して欲しいものだと思います。
ああ、また一記事出来るくらいの長文を書いてしまった。(爆)

投稿: かおりん | 2008年4月20日 (日) 21時11分

>主張して欲しくないところなんですよ、アプリケーションに。提案はOKだと思います。

いや、むしろ「提案」どころじゃなくって、本来だったら「譲歩」すべきくらいじゃないか、とか思ってるんですよ(笑)。
特にEmacsなんですが、例えばCtrl+Pが「プリントを表さない」ってのがおかしいよな、とか(笑)。それだと前の行に行っちゃったりして(笑)。
Emacsの本だと

「PはPreviousを表すので、カーソル移動に対しても覚えやすい」

とか書いてんですけど(笑)、いやそれはおかしいだろ、とか思います(笑)。それだったら「PrintのPでも良くね?」とか思って(笑)。「Yank」って何だよ、とか(笑)。
そもそも「キー配列」に関して直感的ではなく「頭文字だから・・・」ってのは苦しい、極めて恣意的なんですよ。だったら、viの「hjkl」がカーソル移動、の方がまだ納得出来るんですよね。
つまり、「古来からのUNIX流儀」ってのは別に「ベストだったからそうした」わけでは無いのです。明らかに。その「古来からのUI」ってのは時代背景上の要請もあったんでしょうし(具体的にはキー数)、と言う事は「ベストのUI」ではないんですよね。古臭い連中が騒いでるだけ、で。「慣れると変更は困る」的な。
こう言う話書くと「でもEmacsではキーバインドは変更可能だし・・・」的な反論が必ずと言ってイイ程返ってくるんですが、だったら「使いこなしているユーザーこそが」変更加えて「古来からのUI」にすべきじゃないか、と。「古来からのUI」がデフォルトで、Windows経由の新参者が「キーバインドの変更しなきゃいけない」ってのは発想としては逆なんですよ。そう言うおかしな論法が「古来からのUNIXユーザー」から出てくるのがホント病的なんです。
あくまでUIの基準は良かれ悪しかれ「標準」と考えられているモノであるべきで、「使いこなしているマニアック層」を基準にして考えようとするのはおかしい、ってのをいい加減気づくべきだとは思いますね。

この辺、「反マイクロソフト」で全て議論を一緒くたにしてしまうのは、ホントマズいんじゃないか、とか思います。
例えば、思想として「フリーソフト」を掲げるのは別に悪い話ではない、と思うんですが(これは賛成)、ただし、根底としてあるのは本来思想じゃなくって「利便性」な筈なんです。元々、コンピュータで商用ソフトを使って「不具合」が発生した場合「自分で手直しが出来るように」と言う、あくまで「実利的な部分」がオープンソースやフリーソフトの根底のアイディアだった筈です。つまり、UI採用に対して「これはマイクロソフト標準だから」と抵抗示すのは「利便性」から考えると本末転倒なんですよね。その辺は思想と分けて考えるべきだと個人的には思うんですが、どうやらかなりの確率でゴッチャになってる気がします。マイクロソフトマンセーも気持ち悪いですが、同様にFSFマンセーも「気持ち悪い」としか言いようが無いです。利便性から順に理を追っていく議論になんないから、ですよね。

>まずはパイを奪ってから。それから主張に入ってもいいのかな、と。

その通りだと思います。
「戦略性」が大事で、その前に「個人的趣味丸出し」は良くない結果しか生みません。

まあ、実際ATOKは使ったことないんで(有料だから・笑)どんなのか興味はあるんですが、ただ、JustSystemsの、例えば「一太郎」なんか見ても「純正Linux版」じゃないようなんで、どう言った形でアプリケーション提供してるんだろ?とちょっと思いますね。「一太郎Linux版」なんかはどう言うワケかWine経由で動くような構造ならしくて、そう言う意味ではLinux用って言っていいのかどうか分からない。ATOKは同じような問題抱えてんのかしら?

投稿: cametan | 2008年4月21日 (月) 18時49分

>いや、むしろ「提案」どころじゃなくって、本来だったら「譲歩」すべきくらいじゃないか、とか思ってるんですよ(笑)。
ここでいう、「譲歩」というのは、古来Unixの流儀ではなく、WindowsでのUIを標準とすべし、という「譲歩」かと思っていますが。
その前提で。
将来は、解りませんし、過去の本当にUnixの出始めの環境も解りませんが、ダイアモンドカーソルとか、昔からあったような気もしますけど、「今」はWindowsのキーバインドが標準として提供されることで、問題ないと思うんですよね。
わざわざUnix風にする意味がない。
もしくは、キーバインドセットの定義があって、簡単に切り替えられるようになっているのが望ましいのかな、と。
#その場合でも、もちろん標準はWindows、とすべきと思いますけど。

>「PはPreviousを表すので、カーソル移動に対しても覚えやすい」
まあ、そうかも知れませんけど。(笑)
よくシランのですが、とするとCtrl+Nで次行なんですよね?
ちょっと如何なものか、と思うんですが…。

>つまり、「古来からのUNIX流儀」ってのは別に「ベストだったからそうした」わけでは無いのです。
当時としてのベスト、だったのかも知れませんが、前述の通り、今のベストは違うところにあるのかな、と思います。
確かにまだ、ダイアモンドカーソルの方が解りやすい気がしますけど。
もっとも、ワタクシ、DOSの頃からダイアモンドカーソルなんて使ってませんけど。(爆)
>あくまでUIの基準は良かれ悪しかれ「標準」と考えられているモノであるべきで、「使いこなしているマニアック層」を基準にして考えようとするのはおかしい、ってのをいい加減気づくべきだとは思いますね。
従来は、「使いこなしているマニア層」が標準だったのではないか、と思います。
今は違う、と。古いLinuxは仕方ないとしても、今、時代を追いかけてる形のUbuntuでは、「標準」を意識した作りであるべき、と思います。
では、標準とは何か。となると、もはやデファクトのWindowsに合わせるしかないのかな、と。
ちなみに、実は押さえてないんですが、キー操作に特許とか絡んでたりしますかね?もしも、そこの操作性にMSが特許取ってると、「そうならないように努力した」UIにせざるを得ないのかな、とも思いますが。

>この辺、「反マイクロソフト」で全て議論を一緒くたにしてしまうのは、ホントマズいんじゃないか、とか思います。
…まだいるんですか?「反MS」って?
MSという会社が嫌いとかなら解りますけど。
Windowsはよく出来ていると思うけどなぁ。
まあ、完璧ではないんでしょうけど。
別に使っててそれほど不自由は感じないし。
#仕事の場合、Windows前提のことが多いから、不満があっても仕方ないという話もありますが。

>つまり、UI採用に対して「これはマイクロソフト標準だから」と抵抗示すのは「利便性」から考えると本末転倒なんですよね。
UIに関して言えば、それは理由になってないです。
MSが採用してたらNGってのは、先に述べた特許に抵触するとか、そういう理由でもない限り、不採用の理由にはならない。
UIであるとか、フォーマットであるとか、そういうものは、基本的に統一されているべきもので、「感情」で反発すべき類のものではないし。
理由として挙げるべきは、「MSが採用しているキーバインドよりも、こちらの方が有効である」という主張(と実証)であって、MSが採用しているものは悪だ、という考えは、子供っぽい感情論でしかないと思うんですけどね。
ただ、UI設計は難しいと思うんですよ、色々と。
思想的な部分も噛んできてしまうのは仕方ないし。
Emacsもviも、もはや宗教の域で議論されてませんか?(笑)

>ATOKは同じような問題抱えてんのかしら?
どうなんでしょうね。詳細には見てないですが、Wineのライブラリは動いてないように見えます。
普通に使ってる分には、速度的に問題は感じないし。例のココログの編集画面くらいで。
ワタクシはWineで動いてても、そうでなくても、あまり気にしてないですが。
エミュレーションだろうと、ネイティブだろうと、満足できる速度で動作していてくれれば、それでいいです。
最近だとCPUパワーなんてあまりまくってるはずなんで、Wineで互換性が取れて、OSの境がなくなるなら、それもいいと思ってますけどね。
でも、Wineって、それほど互換性も高くないような。
IEもSafariもちゃんと動いてない気がするし。

投稿: かおりん | 2008年4月21日 (月) 21時19分

>ここでいう、「譲歩」というのは、古来Unixの流儀ではなく、WindowsでのUIを標準とすべし、という「譲歩」かと思っていますが。

はい、その通りです。

>よくシランのですが、とするとCtrl+Nで次行なんですよね?

それも当たりです(笑)。

>当時としてのベスト、だったのかも知れませんが、前述の通り、今のベストは違うところにあるのかな、と思います。

と言うか、多分「ベスト」なんて模索出来なかったんだろう、とは思います。
これ、調べてみたら面白いんですが、いわゆる日本で言う「標準106キー」が登場したのって結構新しいんですよ。
80年代前半だったら「もっとキー数が少なかった」ってのが背後にあったらしい。その名残なんですね。Ctrlキー多用の背景、ってのが。
初代Macから暫く経ってもテンキー無しだった、ってのは有名な話ですが、ああ言うのが80年代前半以前には多かったのです。カーソルキーすら無かった(笑)。

>従来は、「使いこなしているマニア層」が標準だったのではないか、と思います。

実際問題そうなんです。
かつ、そう言う人たちが

「俺たちは過去、DECのPDP-11とかSUNのワークステーションを使ってて・・・・・・。」

とか言う話をしたがって(笑)。ぶっちゃけ「関係ねえだろ」とか思います(笑)。自慢か?みたいな(笑)。
そんな、研究所しか買えなかった機械が標準だった頃の話をされても、ねえ(笑)?そんなモンとてもじゃないけど「一家に一台」じゃないですもの。冷蔵庫の置き場所でさえ困るのに(笑)。

>キー操作に特許とか絡んでたりしますかね?

いやあ、調べてないんですが、さすがにそこまではしてないような気もするんですが。
と言うのも、Ctrl+Cとか言うショートカットやり出したのは多分Appleなんですよね。Macの場合だとCtrlじゃなくってAppleキーだと思うんですが。
Windowsは後発なんで、その辺は「Macintoshを研究して」ショートカットを作成したんじゃないか、と思います。

>Windowsはよく出来ていると思うけどなぁ。

少なくとも、僕もXPは良く出来てると思います。
Vistaはかなりアレですけどね(笑)。

>理由として挙げるべきは、「MSが採用しているキーバインドよりも、こちらの方が有効である」という主張(と実証)であって、MSが採用しているものは悪だ、という考えは、子供っぽい感情論でしかないと思うんですけどね。

ここが非常に分かりづらいんですよ。ともすれば単なる「感情論」なのは間違いないです。理由になってないケースが多いのでは、と。

>Emacsもviも、もはや宗教の域で議論されてませんか?(笑)

そうです(笑)。
ただ、これらは資産が多いんですよね、単に。
例えば、気の迷いで「Prolog」打とう、と思ったとする(笑)。ところが、新手のテキストエディタ、例えばEclipseでもNetBeansでもそう言う言語専用のアドオン、ってのが簡単には見つからないんです。結局「長い間使われている→資産が多い」って事なんですよ。
だから、Emacsなんかはかなりの確率で憎まれている、とは思うんですが、正直なトコ。ただし「いざとなった時に離れられない(帰ってこざるを得ない)」ってのも事実なんですよね。
やたらゴスリング(Javaの開発者)が「NetBeans」推してるもんだから調べてみたらLispは対応していない、とか。だからやっぱ「Easyエディット」の為のソフトウェア資産がどうなのか、で言うとEmacs/Viにはかなわない、ってのが実情なんです。

>でも、Wineって、それほど互換性も高くないような。

高くないですね。
僕もたまにしか使ってません。
今だとみんなVMの方に流れていっちゃってますしね。

投稿: cametan | 2008年4月21日 (月) 21時53分

>80年代前半だったら「もっとキー数が少なかった」ってのが背後にあったらしい。その名残なんですね。Ctrlキー多用の背景、ってのが。
なるほど。キー数が少なかったから、かつ、エディタのようなものは、キーを多く使う、という背景があってのCtrlキーってことですか。知らなかった。(^^;
まあ、ファンクションキーなんてのもないキーボードが多かったんでしょうけどね。

>とか言う話をしたがって(笑)。ぶっちゃけ「関係ねえだろ」とか思います(笑)。自慢か?みたいな(笑)。
ああ、自慢話。(笑)
そういう話が出る場面で、「それ昔の話ですよね?」とかやると、感情煽るしなぁ。
昔話が出た時点で、もはや議論ではないんですが。(笑)

>Windowsは後発なんで、その辺は「Macintoshを研究して」ショートカットを作成したんじゃないか、と思います。
これは確かにそうでしたね。
当時Macユーザーが、WindowsはMacOSの真似をしているとかなんとか。
#だからMacの方が優秀である、という議論をしたがったような気が。


>Vistaはかなりアレですけどね(笑)。
あれ?ワタクシはVistaもよくできていると思いますけどね。
特にAero。あそこまでフリッカーを排除した画面は、他に見たことないし。
ただ、従来のUIと大きく変えてきている各種設定画面は、混乱しがちですが、システム関連なんかは、結構整理されていて、以前のものより解りやすくなっているものもあるんじゃないかな、とか。
#IISの設定とか。
しばりがきつくなって、以前の手順で出来なくなっているところもあって、混乱しがちですけど。

>ここが非常に分かりづらいんですよ。ともすれば単なる「感情論」なのは間違いないです。理由になってないケースが多いのでは、と。
UIって、ひとが触るところだから、どうしても理屈だけじゃ割り切れないとこがあるのかなぁ。
指の長い、短いもありそうだし。
でも、一番は、慣れの問題なんじゃないかと思うんですよ。
自分がコレに慣れているから、これが一番いい、みたいな。
まあ、viなんて、標準で入ってるエディタがそれしかないから、みたいな理由で強制的に操作を覚えさせられる、みたいなところはありますが。
日常的にアレ使いたいとは思わないけどなぁ。

>ただ、これらは資産が多いんですよね、単に。
ああ、これは馬鹿に出来ない。
過去の資産が大量にあるものは、なかなか切り捨てることが出来ないので。
ただ、新しいものを作ろうと思ったら、過去の資産には見切りをつけることも必要で。
特にUbuntuに限った話になるかも知れませんが、Linux、Unixの過去の資産が使えても、嬉しくないユーザーの方が多いと思うんですよ。
それよりも、Windowsで作った自分のデータがそのまま使えますよ、の方が嬉しい。
なので、もちろん、そういうのを大事にするディストリビューションがあってもいいとは思いますが、まずはUbuntuでは、Windowsとの互換性を優先すべきではなかろうか、と。
#ま、ここでワタクシが吠えてもなんにもならないのですけれども。(爆)
資産は、また作ればよい。乱暴な言い方ですが、そう思います。
過去の優れた資産があるなら、再生産は難しくないはずなので。
環境が変わって、新たに作らねばならないのはやむを得ないでしょう、と。
まあ、面倒な話なんで、誰もやりたがらないのは解りますけどねぇ。(爆)
とはいえ。
過去に縛られていたら前進は出来ませんよ。
ってまあ、cametanさんが縛られているわけでもないんですが。(爆)

投稿: かおりん | 2008年4月22日 (火) 00時22分

>なるほど。キー数が少なかったから、かつ、エディタのようなものは、キーを多く使う、という背景があってのCtrlキーってことですか。知らなかった。(^^;

そうですね。
そして、かなり会社毎に「キーボードのデザイン」ってのが食い違っていたワケです。例えばDECにはあるけどIBMにはない、とか。あるいはその逆、とか。
その辺りで「どんなキーボードでも付いてるキーで・・・」と選択肢を狭めていくと、ああ言う形式しか残らなかったんですよね。
実際、これはウワサですけど、Viなんかの「モード導入」ってのは設計者のキーボードのキーが「極端に足りなかった」と言うウワサさえあります(笑)。
キーボードと言う「入力デヴァイス」の標準が存在しなかった悲喜劇ですよね。

>ファンクションキーなんてのもないキーボードが多かったんでしょうけどね。

実際その通りです。
昔のMacの有名な本に「Mac Bible」って本があって、その作者は当時、「ファンクションキーが付いたMacのキーボード」をこき下ろしてたりしてましたね(笑)。
「IBM型のスタートレック・キーボード」とか(笑)。
「カーソルキーを付けるならマウスの方だろ」とか書いてあって(笑)。それもどうか、とか当時も思いました(笑)。

>あそこまでフリッカーを排除した画面は、他に見たことないし。

ああ、それはそうでしょうねえ。
ただ、僕が思ったのはVistaってとにかくオープンソースウェアと相性が悪いんですよ。ダウンロードもまともに出来ません。
これ、機種によっても動作確認が違うらしいんですが、僕の場合にはPythonなんかのダウンロード試みたらアウト、でしたね。途中で止まっちゃって。
そう言う事がVistaは多いのです。
他にもどう言うワケか、Visual Studioのダウンロードなんかも難があって(笑)。
「自社製品さえマトモにダウンロード出来んのか!!!」
とか思いました(笑)。
ただ、情報検索する限り、それこそ「ハードウェアディペンデント」の現象のようです。
(かつ、それこそがVistaの致命的な点だと思います)

>viなんて、標準で入ってるエディタがそれしかないから、みたいな理由で強制的に操作を覚えさせられる、みたいなところはありますが。
日常的にアレ使いたいとは思わないけどなぁ。

Viは特に、日本語入力には向かないですよね。
半角/全角切り替えとEscキーが連動していないトコが致命的です。
あの辺り改善してればもうちょっと「使えるエディタ」になるとは思いますが。

>まずはUbuntuでは、Windowsとの互換性を優先すべきではなかろうか、と。

それには賛成です。

>cametanさんが縛られているわけでもないんですが。(爆)

現状ではEmacs「使わざるを」得ないんですけどね(笑)。
結構Eclipseなんか優秀だな、とか思うんですが、解説書なんか探してみても殆ど「Java絡み」オンリーなんですよね。純粋なテキストエディタとしての解説本ってまず無いんです。
そうなるとドキュメントの豊富さで・・・となれば「まずはEmacs」って選択肢にどうしてもなっちゃうんですよねえ。

ただ、人に言わせると「ドキュメントが充実している」ってのは必ずしも「分かりやすい」を意味しないそうです。
何故なら、解説書の類が量産されるのは「分かりづらいからこそ」そう言うニーズが生まれるそうで(笑)。なるほどなあ、と(笑)。

投稿: cametan | 2008年4月22日 (火) 01時28分

>「カーソルキーを付けるならマウスの方だろ」とか書いてあって(笑)。それもどうか、とか当時も思いました(笑)。
マウスにカーソルキー?
ちょっと操作系が解りませんが。(笑)
マウスに手を伸ばすのを許すなら、別にカーソルキーの位置で問題ないようにも思いますけど。
そもそもダイアモンドカーソルとか、ホームポジションから手を移動しないで操作可能にするために考えられもの、だと認識していましたけどね。
まあ、そう考えると、今の106キーボードのCapsの位置にCtrlキーがないと厳しいとは思いますが。

>そう言う事がVistaは多いのです。
Vistaをちゃんと使用してないので気づきませんでした。(爆)
使っているのは、ちょっとした印刷と、Ubuntuとの比較のために動画再生するくらいで。
あとは、ちょっとしたOCツールでの状態確認とか。
まともには使ってないからなぁ。
なのでツールダウンロードとかほとんどしたことないです。

>現状ではEmacs「使わざるを」得ないんですけどね(笑)。
ああ、Emacsなんですね。
Vineの頃は使っていましたが・・・。
今は、Geditで事足りてるのと、プログラム書くときは、Mono Developだったりします。(笑)
色変えとか、そういうのも大事だし、ヘルプを引くのも大事、オートインデントなんか、特にPythonだと大事なのは解るんですが、日常的なキー操作が、Windowsとかけ離れている他のツールだと、操作するたびにいちいち考えないとならないんで。
MonoDevelopが一応、その辺WindowsのVisualStudioに近いため、そちらを使用していますね。
昔は、VisualStudioなんてビルドの時にしか使ってなかったんですが、今は、もうエディタとかで環境作る方が面倒になってしまって。(爆)
お仕着せのツールにすっかり毒されています。
Eclipseは、ちょっと性に合わなかったのかな、なんか重くて。
まあ、ちょっとした修正以外で本格的にプログラムを書くなんてことが、自宅環境ではないので、Geditで困ってないのが現状ですかね。
ただ、キー操作が。Geditのキーバインド変更できれば、なんも困らないんですけど。(爆)

>ただ、人に言わせると「ドキュメントが充実している」ってのは必ずしも「分かりやすい」を意味しないそうです。
ああ、なるほど。(爆)
機能が多いから、解説書なんでしょうけど、その機能が全て自然に使えるものなら、解説は不要ですもんね。
とはいえ。
解りやすくはなくても、求める解説が入手しやすいのは、ある意味「使い易い」ってことにはなるんじゃないですかね。
VisutalStudioと同じキーバインドのEmacsあれば、それを使うんですけどねぇ。

投稿: かおりん | 2008年4月22日 (火) 20時48分

>今の106キーボードのCapsの位置にCtrlキーがないと厳しいとは思いますが。

ホントそうです(笑)。
個人的にはCapsLkなんて邪魔で邪魔で(笑)。これ何でこんなトコにあるんだろ(笑)?
MacはCapsLkの位置にCtrlあるんですよね。
今、僕はHHKB買おうかどうかちょっと考えているのです。

>まともには使ってないからなぁ。

逆に言うと、UbuntuってXPレベルの事やる分には殆ど問題無いんですよ。「Vistaじゃなけりゃ」ってのがむしろ少ないんですよね。
実際、僕もUbuntu入れてから使用比率がUbuntu:Vista=5:2くらいに落ち込んでいます。
Vista専用のアプリが増えるとか、あとは例えばNTTのサービス(例えば無線LANカードリース)なんかが「Vista対応」にならないとVistaは苦しいと思います。
意外とVista自体はマイノリティなんですよね。

>Geditで事足りてる

Gedit自体は優秀なエディタなんじゃないか、とか思いますよね。
少なくとも「メモ帳」よりは良く出来てるんじゃないか、とか思います。
UbuntuがVimとかEmacsをデフォルト搭載せずにGedit採用してるのは、まあ、GNOMEデフォルトなのかもしれませんが、理にかなってるな、と。
ただ、HTMLファイルとか書き換えるとデフォルトでUTF-8でエンコードされちゃって、サーバーに上げると実は文字化けしてる、とか(笑)。そう言う「副作用」っぽいトコがちょっと困ったちゃんだな、とか(笑)。

>もうエディタとかで環境作る方が面倒になってしまって。(爆)
>お仕着せのツールにすっかり毒されています。

結構大事ですよね。「環境作る」ってメンド臭い。
だから、多分「Visual Studio」とか何だかんだ言って良く出来てると思いますよ。Ready-to-goなのはやっぱ魅力的なんですよね。
僕が前困ったのは、Lispの勉強始めた時、買った参考書なんかにも「テキストエディタの設定」とか全く触れてなかったトコなんですよね。
まあ、Computer Scienceとか学校でキチンと勉強している方々だったら「テキストエディタ設定」なんて「既に学習済み」なんでしょうが、これが「自習者」にはキツいのです。結果インタプリタ直接走らせてシコシコ打ち込んでは打ち間違い、とか(笑)。もう地味で地味で嫌気差してきました(笑)。
やっぱIDEって大事ですよ。「IDE搭載型の」オープンソース言語が増えないと裾野って広がらないと思います。その辺マイクロソフトの方が良くユーザーを分かってるんですよね。

>Eclipseは、ちょっと性に合わなかったのかな、なんか重くて。

そうそう。重いんです(笑)。
Emacsもかなり重い方だとは思うんですけど、Eclipseの方が起動時間とかそっちの方が気になるんですよね。
さすがJava、とか思って(笑)。

投稿: cametan | 2008年4月22日 (火) 22時16分

>今、僕はHHKB買おうかどうかちょっと考えているのです。

高いんですよね、アレ。(笑)
キーボードにこんな値段か、みたいな。
まあ、でも本当は、直接身体に触れる部分だからこそ、お金をかけるべき、というのは間違いないんですけど。
金かけるべきところに金かけてから、UIは語れ、みたいな。(爆)

>やっぱIDEって大事ですよ。「IDE搭載型の」オープンソース言語が増えないと裾野って広がらないと思います。その辺マイクロソフトの方が良くユーザーを分かってるんですよね。
ここ、難しいとこなのかな、と思います。
結局、今時開発者ってのは仕事でやってるひとがメインになってしまって。
システムが複雑になっている分、開発時に知らなければならないことが多くなってるんですよ。
で、結局は趣味レベルで開発するには敷居が高くなっている。
IDE搭載言語があれば、確かに開発する環境の敷居は下がるんですが、さて、じゃあ中身は、というと、Hello Worldですら、表示するのにウィンドウ出さないと、とかそういう難しさが出てきてるし。
これはLinux環境だけじゃなくて、Windowsでも同じなんですが。
減ってると思うんですよ、開発者は。
まあ、仕方ない話なのかな、とも思いますけど。

投稿: かおりん | 2008年4月22日 (火) 22時57分

まあ、HKKBとは言ってもLite 2の方ですけどね(笑)。やっぱカーソルキーが無いと不安で(軟弱・笑)。
それでも5,000円弱しますしね。これは高い部類なのは間違い無いです。

>システムが複雑になっている分、開発時に知らなければならないことが多くなってるんですよ。
>で、結局は趣味レベルで開発するには敷居が高くなっている。

そう。それ痛感しますね(笑)。
まあ、以前も書きましたが、結局「GUIでのソフトなんてどー作ればエエねん?」ってのが丸っきりチンプンカンプンだったりします(笑)。
最初の時点でLispなんて選んでる辺りで実は間違っているんですがね(笑)。VBにしときゃラクだったのかな、とか(笑)。まあ、そんな事言っても始めてしまった以上しゃーないのですが(笑)。
どうも「プログラミング言語として面白い」ってのと「実用性」ってのは必ずしも一致してませんね(笑)。何でだろ(笑)?

>IDE搭載言語があれば、確かに開発する環境の敷居は下がるんですが、さて、じゃあ中身は、というと、Hello Worldですら、表示するのにウィンドウ出さないと、とかそういう難しさが出てきてるし。

まあ、一つは、「ライブラリになりそうなモノ」とかも、特にLinuxでは分化され過ぎているんですよね。
その辺上手く纏めたのが、結局Pythonなんじゃないか、と。tkinter使えば汚いけどそこそこの事は出きるぞ、みたいな。その辺の簡易性が「オープンソース言語」としては秀悦な設計だったのではないか、と。
こう言う「簡易性」ってのが結局FSFの内部から出てきてなくって、例えばScript-Fu辺りの「拡張用言語」でも纏めるの失敗してるよな、ってのが如実に表れていると思います。

>これはLinux環境だけじゃなくて、Windowsでも同じなんですが。
>減ってると思うんですよ、開発者は。
>まあ、仕方ない話なのかな、とも思いますけど。

確かに。
まあ、実際、人の話聞くと、

「昔はZ-80なんかのCPU弄くって……。」

なんて事出たりしますけど、いまや例えばPentiumレベルでも弄くって、と言うか果たして「弄くって中身が分かるのか?」とか言うとちょっと疑問な感じもします。
大体、確かに「工作好きだ」って人は違うんですよね。これは例えば「音楽作るの好きだ」って人ともまたちょっと性質が違って。ある種「ソフトウェア作るのが好き」ってのともCPU弄りって別の次元にあるような気がして。
んで、やっぱMac登場してからソフトウェアレベルですけど、コンピュータって複雑化してると思います。「中身を弄らせない」のがコンセプトですから、「ちょっと見で分からない」ってのは当たり前と言えば当たり前なんですが。

投稿: cametan | 2008年4月23日 (水) 02時09分

>どうも「プログラミング言語として面白い」ってのと「実用性」ってのは必ずしも一致してませんね(笑)。何でだろ(笑)?

ん〜本来、プログラミング言語ってのは、面白いかどうか、で選択するものじゃないからじゃないですかね。(^^;
やりたいことがあって、それを実行する処理系があって、一番、手っ取り早い方法で実現する、のがこの世界なんじゃないかと思います。結果、「面白い」言語が、「実用性が低い」こともあるのかな、と。

>なんて事出たりしますけど、いまや例えばPentiumレベルでも弄くって、と言うか果たして「弄くって中身が分かるのか?」とか言うとちょっと疑問な感じもします。

「弄くって」がアセンブラレベルの話だとすれば、Pentium辺りから厳しくなってるでしょうね。
パイプラインを想定しながら、アセンブラを書くのは至難の業ではないか、と。
もう、この辺はコンパイラの最適化に任せないと、ごくごく小規模なコードならともかく、KB単位のコードをアセンブラってのは、もはや現実的ではない気がします。

>んで、やっぱMac登場してからソフトウェアレベルですけど、コンピュータって複雑化してると思います。「中身を弄らせない」のがコンセプトですから、「ちょっと見で分からない」ってのは当たり前と言えば当たり前なんですが。

そうでしょうね。OSが複雑化して、特権レベルなんてのが出てきて、メモリ保護されている状態では、直接IOやメモリ参照は不可能ですし。
そういうハードウェアな部分はライブラリで隠避が主流になってしまっているので、ちょっと見では解らない、ものになっていると思います。
でも、プログラミングという観点からは、それは正常な進化だと思っています。
誰もが、マニュアルを首っ引きにしながら、プログラムが書けるわけではないので、綺麗に隠蔽されたライブラリを使えるなら、そちらの方が生産性は高いわけで。
コンピューターを使うこと自体、目的としてはある作業を効率よく進めることに目的があるので、その「作業を効率よく行う」ためのプログラムの作成が、いつまでも非効率なのはナンセンスですよね。
可能な限りの共通な処理はライブラリとして隠蔽して、API化は正常進化と思いますが・・・。
Linuxのそれは解りづらいものが多くて。orz
まあ、GUIも多様なので、仕方ないのかも知れません。
普通にCLIで組む分にはそれほど難しくも複雑でもないと思うんですが。
なんか、綺麗なGUIラッパーがあるといいんですけどね。
それが例のwxなんとか、なんですかねぇ。

投稿: かおりん | 2008年4月23日 (水) 21時29分

ATOKのF10はMS-DOSの頃からすでに割り当てられていたように覚えています。

ubuntuとgnomeを同一視したUIの話が続いていますが、キーバインドを含めて、Windowマネージャや総合デスクトップ環境を好きに取り替えられるのが、PC-UNIXの大きな利点で、標準化やWindows準拠が進むと、この利点が台無しになる気がします。仕事などで限定された環境の中で業務上の縛りがある場合は仕方がないですが、一般家庭のユーザには、多様な選択肢があるべきだと思います。産業生態学的視点に立っても、多様性は確保されるべきだと思います。

投稿: Sss | 2008年7月10日 (木) 15時34分

Sssさん、コメントありがとうございます。


多様性、という話はワタクシも同感です。
PC-UNIXに限らず、多様性は確保されるべきであり、そのなかから進化や進歩が生まれるものだろう、と思ってます。


で、キーバインドの件ですが。
こちらは、GNOME標準をWindows準拠にしたらいいんじゃないか、という話ではなく、「UbuntuのGNOME」のキーバインドはWindows準拠の方がいいんじゃないか、という話です。
なので、FedoraのGNOMEがGNOME標準のキーバインドでも、全然問題はなく、むしろ、それはそうあるべきなのかな、とは思います。


では、なぜ「UbuntuのGNOMEは」という話なのかというと、UbuntuはLinuxをデスクトップOS目的で使用するためのディストリビューションです。
むしろ、そこに特化していると言っていいんじゃないか、と思っています。
その場合、ユーザーとして期待するのは、Windowsからの乗り換え組だと思うんですよね。
実際、そういうユーザーが多いんじゃないかと思いますし。
で、Windowsから乗り換えようと思ったユーザーがUbuntuを触った時に、「ああ、Linuxだから、キー操作なんかもWindowsと違うんだなぁ」と感動するか、といえば、たぶん、そうじゃないと思うんです。
むしろ、「Windowsと違うから使いにくいな」なんじゃないかと思うんですね。


日常的に操作するキーバインドは、意識しなくても、自然に手が覚えてしまいます。
なので、Windowsからの乗り換えを期待するなら、UnbutuのGNOMEも、キーバインドはWindows準拠にしておいた方が、本質的な部分以外で、「使いにくい」と判断されることがなくていいんじゃないかと思うんですよ。
もちろん、PC-UNIXやLinuxの標準のキーバインドをWindows準拠にしようよ、という話ではありません。
普及しているキーバインドがあるんだから、まずはそれを標準として採用して、もっとよい操作や使い易いキーバインドがあるなら、提案として設定可能にしておけばいいんじゃないかな、と。


一方で。
Windowsと違うから使いにくい、ならWindowsと同じにするためにはどうしたらいいのかな、と調べていくことで、Ubuntuに馴染んでいくんじゃないか、と考えることは出来ると思います。
でも、「まずは触ってみよう」というひとに、使いにくそうな印象を与えることはないんじゃないか、と思うんです。


なので、ATOKとF10から、そんな話に流れたのであって、LinuxやPC-UNIXの多様性を否定するつもりも、キーバインドやウィンドウマネージャ、デスクトップ環境の標準化を訴えるものではありません。


ただ、ワタクシとしては、キーバインドを含むUIは標準化を進めてもいいと思っていますけどね。
どんなOSを使っても、どんなPCを使っても、基本的な操作は同じである、っていうのは使い易いことになると思うんですよ。
もちろん、基本は基本として、それ以外の差別化をはかっていくことは必要なことだとは思いますけどね。

投稿: かおりん | 2008年7月10日 (木) 21時55分

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