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Linuxと多様性

辞書的な意味で多様性ってことなら、LinuxはWindowsよりも多様性に富んでいる、ということはいえるんじゃないかな、と思いますが。
これは、例えばWMを切り替えられる、DEを切り替えられる、これだけでGUIとしての多様さは、Windowsとは比較にならないのではないかな、と。
そもそもディストリビューションごとに採用しているDEが違ったりして、この辺がLinuxの多様性を表しているのではないかな、と。

でも、これ行き過ぎると「混沌」になってしまうんじゃないのかな、と思うんですよ。
辞書的な意味からは離れてしまうんですが、多様性という場合には、その多様さ、それぞれに目的があるんじゃないか、と思うわけで。
様々な目的に対応できるだけの多様さがある場合、あるいは、様々な目的に対応することができる性質がある場合には、多様性を持つ、と言っていいのかな、と。
単に多様なだけだと、混沌と区別がつかないので。そこに目的というか意志があるべきでしょう、と。

で、そういう意味でもLinuxは多様性に富んでいる、と言えるんじゃないかと思います。
多種多様なWMは、それこそ目的別に開発されているわけで、単に天邪鬼でDEやWM作る人はいないと思うんで。
なんか、目的があって、現在あるものでは、それを満たせないから、ブランチするんだと思うんですね。

一方で、多様化とか多様性を確認するためには、スタンダードも必要だと思うんですよね。
これがスタンダード、でも目的が違うから、こっちを使う、と。
目的がブランチしてくから、多様になる、と。

まあ、LinuxのGUIだとスタンダードはGNOMEと言っていいんですかね。
#KDEでしょ、という意見もありそうなんですが。まあ、たぶん一番使われているのはGNOMEじゃないか、と。
そこから「違うGUI」としてのKDEが存在する、と。
まあ、DEに関しては、GNOMEとKDEだと目的別ってイメージはなくて、なんか思想が違うだけ、って感じもないではないんですが。
#正直KDEは使ったことがなくてよく解ってないです。

とまあ、GUIというか環境に関する多様性はLinuxはWindowsを圧倒すると思うんですが。

アプリケーションレベルで考えるとどうなのかな、と。
多種多様、目的に応じたチョイス、って、Windowsの方が上じゃないのかな、と。
まあ、そもそも目的に対応したアプリケーションがなければ作ってしまえってのがLinuxの文化だったりするので、その意味では引けを取るものではないんですが。
ユーザー数が圧倒的に違うことを考えると、目的に応じたアプリケーション数も圧倒的な可能性が高いよな、と。
Windowsは、多様性がない、なんて話をするひともたまにいますけど、GUIというひとつのカテゴリにおいては、そうかも知れませんし、OSレベルでの多様性ってことなら、その通りだと思うのは前述の通りなんですが、アプリケーションレベルまで、その枠を広げてしまうと、果たしてLinuxって、ユーザーの求める多様さに対応できるだけの多様性があるのか?と思ってしまうわけです。
別のところでちょっと議論になってたので、横槍みたいになってしまったんですが、GIMPに代表されるレタッチソフトが、そのいい例なんじゃないのかな、と。
非常に多機能で、なんでも出来るレタッチソフトがGIMPなわけですが、その代償としてユーザーにも高度な操作の知識を要求するし、CPUやメモリといったリソースも大量に要求します。
例えば、やりたいのは、ちょっと画像にコメントつけたいだけ、って場合でも、大量のプラグインを読み込む起動に時間のかかるGIMPを使わなければならないってのは、多様性が不足している、ってことになるんじゃないのかな、と。
やりたいのはWindowsで言えばPAINTで十分なレベルなのに、ハイレベルなアプリケーションでしか対応できないってのは、どうなの?と。

PAINTライクなアプリケーションもあるにはあります。
探しましたから。でも、どれも「何も出来ない」か、「バグがある」か、「日本語化されてない」んですよね。
少なくとも、ワタクシが素人に勧められる「簡単なレタッチツール」は見つかりませんでした。
たぶん、ですがUbuntuの標準に、このようなライトなレタッチツールが含まれていれば、日本語化を含め、こんな状況になってないと思うんですよね。
GIMPは、ひとつのLinuxのウリのアプリケーションなので外せないとして、もっとライトな要求に応えられるツールもあって然るべきでしょう、と。
それらの要望に応えられて、初めてUbuntu(を含むLinux)は、多様性に富む環境だよ、といえるのかな、と。
まだ、今のところは「何かをする」環境としては、多様性に関して言えば、Windowsに及ばないのかな、と思いました。

まあ、数年後には、これらの状況も変わってるんでしょうけど、今現在、素人に手放しで勧められる環境ではないのだな、と改めて思った次第です。

カスタマイズ可能、大量のアプリケーションが世界中で提供されている、これらは確かに魅力的で、重要なことかもしれませんが、「標準で」ある程度の要望には応えられる、多様化された環境というのが、これから使おうとする、一般的なユーザーには必要なんじゃないのかな、そう思います。

「調べればできる」、「やってみればできる」ってのは、間違いないんですが、それはアピールポイントにならないんですよね。
「標準で」ここまではできる、が重要なんじゃないか、と思います。

まあ、Windowsだって、各種アプリは探してきて入れないと使えないんで、そういう簡便さでは、Ubuntuの方が、Windowsを圧倒しているとは思うんですけどね。
調べる、にしても敷居が高いのがなんとも。
もう少し情報が氾濫してくると、こういう手軽さがウリになってくると思うんですが。

今のところは、「こういう目的のためには、こういうツールを使いましょう」って情報が未整理だったりするので、この辺整理されるだけでも、Ubuntu初心者にはありがたいんじゃないかと思います。
#誰がやるかは置いといて。フォーラムにトピックも立ってるけど、整理されているとはいい難いし。
#Wikiなんかもあるようですけど、定番の説明がね。目的別になってるといいんですが。
#調査不足なだけかなぁ。

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コメント

> 今のところは、「こういう目的のためには、こういうツールを使いましょう」って情報が未整理だったりするので

同感です。
今現在Ubuntuアプリについて詳しく書いているところなんて個々のブログぐらいしかありませんから、もう少し体系立ったページを用意すべきだと思います。
そう考えるとViva!Ubuntu!のu-bonさんなんかはすばらしい活動をされていますよね。ボランティアであそこまで精力的に活動していらっしゃるなんて、、、すごいです(^^;
あれをもっと巨大にしたものをCanonicalが主導となって大々的に発表すれば、結構充実したwikiとかができそうなんですけどねえ。(少なくとも英語でなら)

> 少なくとも、ワタクシが素人に勧められる「簡単なレタッチツール」は見つかりませんでした。

まあLinuxアプリの開発(というかオープンソース全般?)というのはもともと人が一ヶ所に集中する傾向があるのでGIMPが精力的に開発されている反面、そういう簡単なペイントツールがほとんどないと言う状況になっているんでしょうね。
日本語化でも同じです。あくまでみんなが興味あるところだけが日本語化されて、ほとんど使われないような部分は全然日本語化されていません。みんな興味あるところしかやらないわけです。
# まあ当たり前のことなんですがね(^^; みなさんボランティアなんですから;
だから、ちょっとでも普通と違うことをしようとするとすぐ英語だらけになったりして訳がわかんなくなる。初心者にとっての壁はそういうところだと思います。

まあLinux開発者なんて所詮ミーハーばっかですからw(^^;
# 僕個人の勝手な思い込みですけど;

投稿: わさびー | 2009年9月24日 (木) 09時17分

いろいろと努力はされていると思うんですよね。Ubuntu Weekly Recipeとか。
連載形式なので、読み物としては面白いし。
ただ、読み物として面白いのは、個人のブログにも多数あるので、まとまった情報としての何かが欲しいんですよ。
確かに、u-bonさんところは素晴らしいですよね。かなりまとまってますし。
まあ、あれで十分という話はあるのかな。
でも、いかんせん、個人のブログ扱いなので、例えば、Ubuntuの日本語チームのサイトに、それがリンクとして張られていないんです。
この辺は、個人サイトへのリンクは基本的に行ってないみたいなんで、仕方ないんですが、それならそれで公式なWikiにまとまった情報が欲しいよね、と。
#Wikiなんだから、自分で書け、って話は置いとくとして。(笑)

まあ、日本語フォーラムが盛況なんで、だれかがきっかけとしてWikiに項目作れば、次々とユーザーが編集してくれるような気もしてますが。
どすか?わさびーさん。Wikiにトピック作るってのは。(笑)

投稿: かおりん | 2009年9月24日 (木) 11時28分

> どすか?わさびーさん。Wikiにトピック作るってのは。(笑)

おもしろそう!


…なんですが、多分僕がやると途中ですぐ放置してしまいそうですね(^^; すごい三日坊主ですから;
活動としてはおもしろそうですし、人数があつまればある程度しっかりしたものができると思います(^^
# 逆に言うと人数が集まらないと、Ubuntu Weekly News Letter日本語版のように…

一度フォーラムにトピック投げてみましょうかね?w

投稿: わさびー | 2009年9月24日 (木) 15時36分

立ち上げだけやればいいんじゃないんですかね。>Wiki
全部わさびーさんが面倒見なくても進化していくのがWikiのいいところ、のはずなので。

フォーラムの方で、ご相談、もアリだと思いますし、そこで意見を集めて同士を募るのはいいかも知れません。
ぜひ!(爆)
#例によって他力本願。

投稿: かおりん | 2009年9月24日 (木) 22時19分

まあさすがに「立ち上げ」とかそんな大層なものじゃなくても、Wikiの書き直しを募るぐらいはしてみましょうか?? <-まんまと乗せられてる

少なくとも今のWikiはまったく機能していませんからね...
ちょっとはコミュニティーに貢献を。

…でもよくよく考えると 誰も見てない気がするんですよね〜 wikiって...

投稿: わさびー | 2009年9月24日 (木) 23時27分

鶏が先か、卵が先か、じゃないですかね。
誰も見ていないのは、見るべき内容がないから、とも言えるんじゃないかと。

こう、Ubuntu使い方ガイドというか、こういう運用には、こういうアプリの組み合わせがいいですよ、的な内容がWikiにあれば、初心者フォーラムでも、Wikiに誘導とか出来るようになって、閲覧も増えるのでは?

松本さんとか、実際にUbuntuで実務をこなしている方々にも乗ってもらいたいものです。(笑)

投稿: かおりん | 2009年9月24日 (木) 23時31分

呼ばれちゃいましたね(笑)
なんか、wikiって、肌に合わないんですよ。いや、読むのは便利なんですよね。Wikipedia愛用者ですし。でも、「共同作業で文書つくる」ってのが、概念としてはいいなと思うんですが、実際の作業になると二の足踏んでしまいます。めんどくさいっていうか。

既に自分の書いたもの(ブログとか)を使ってもらう分には構わないんですよね。確かLinux SaladのOhgakiさんもViva Ubuntuのu-bonさんもCreative Common License的な考え方で流用を認めていらっしゃったと思いますし、私もどこにも書いてないけど、ブログに関しては流用OKと思ってます。ですので、出発点としては、既存のブログからどんどん引っ張ってくるのがいいのではないでしょうか。

投稿: 松本 | 2009年9月25日 (金) 08時39分

ちょっと冷静になって考えてみたんですが(笑)、やっぱり現在のwikiは何とかしないといけないかもしれませんね^^;
今だにBerylのインストール方法の記事がありますし...

明日あたりフォーラムで聞いてみることにします^^

投稿: わさびー | 2009年9月25日 (金) 21時04分

>松本さん
呼んで見ました。
Cametanさんなんかも、書き始めればすごいんじゃないかと思うんですが。(^^;
まあ、協同作業ってのは意識しなくていいんじゃないのかな、と思ってますが、そういうもんでもないんですかね。>Wiki
好きな時に、気がついた人が編集するスタイルかと思ってました。
まあ、運用事例ってほどおおげさな物じゃなくてもいいと思うんですよね。

ああ、こんなことにも使えるのね、って感じの情報で十分じゃないかと。
フォーラムのトピックとして投稿しようかとも考えたんですが、わさびーさんという若い力とも知り合えましたので、Wikiもアリかな、とか。(笑)

>わさびーさん
いずれも情報が古いまま放置ってのはよろしくないように思いますので、ぜひフォーラムに一石投じていただければ。
たぶん、そういうのが好きな方もいらっしゃると思いますので、きっかけだけじゃないかな、と思うんですが。

松本さんのおっしゃられるように、種々のブログから記事集めるだけでも、かなりの情報になりそうですけどね。
集める手間は、同士を募って手分けすれば、きっと!(笑)

投稿: かおりん | 2009年9月25日 (金) 22時23分

>Cametanさんなんかも、書き始めればすごいんじゃないかと思うんですが。(^^;

どうでしょうか(笑)。
ちなみにやった事ありますよ。あそこの「対応ハードウェア」のページ、雛形作ったのは僕です(笑)。

まあ、たまたまMoinMoin Wiki(Ubuntuで使っているオープンソースWiki)に詳しかった、って事もあるんですけどね。
もっと言うと、恐らく日本で2番目くらいにMoimMoin WikiでWebページを作ったのは俺じゃなかろうか、とまで思っています(笑)。
(当初は全然日本じゃ情報が無くって、見る限りMoinMoin Wikiを使ってたサイトは1つしか無くって、それから数えれば恐らく2番目です・笑。Ubuntu の日本語Wikiはそれより「後」です。)

ええとですね。Wikiの問題ってメディアじゃないんですよ。そうじゃなくって日本人の気質に合わない、と言うか慣れてない、と言うか。
例えば、本来だったら掲示板みたいな「ガイドライン」要求するようなモンじゃないんです。
ところが、日本語チームとか、ロクに書き込まれないうちに「ガイドライン強制」とか煩いんですよね(笑)。それでシステム的な敷居の高さからはじまって、あそこのページ編集するのさえ「メンド臭く」なるんですよ。その辺が嫌で。

本来だったら、Wikiってある意味「開かれた」ツールなんです。おかしな部分があったら「勝手に変えちゃえば」済む話で。どーでも良いんです。その辺は。
ところが、ですね~~。日本のWiki使ったサイト見る限り、「修正しました」とか余計なコメント書いたりしてるせいで、「情報の質」ってのが上がらないんですよ。修正するんなら「勝手にすれば?」ってのが本当なんです(笑)。問題あれば履歴で戻せますし。遠慮する必要ない筈なんですが。
結局、書き手とか、そっちの方ばっかりに意識が行っちゃって「読み手」を無視したツールになり兼ねないんですよ。日本のWikiサイトって。「修正しました」コメントだらけで何じゃこりゃ、みたいになっています(笑)。

使い方間違ってる(笑)。

あの、例えば「ガイドライン」とか提示するのは構わないんですよね。ただし、「問題がある」って場合は要するに「勝手に管理側が消しちゃえば」済むモノなんです。そーゆー「割り切り」が書く側にも必要ですし、管理側も必要なんです。掲示板じゃねえんだから。
だから、その辺の「ソリッドでドライな適当さ」ってので割り切らない限り、Wikiは日本人向けのツールにはなり得ない、って事ですね。
日本人のウェットなメンタリティに合わないんでしょう。

その辺、実際のトコ、Wikipediaの方が、そう言う意味では管理側がしっかりしてるんで、書き込むのってラクです。意外と。問題あれば「消去」されてるんで、「ああ、これはガイドラインに抵触したかな?」って納得出来ますしね。
ちなみに、WikipediaのAMIGAで結構編集したり書き込んだり、ページ作ったのも実はワタシです(笑)。

投稿: cametan | 2009年9月27日 (日) 23時49分

むぅ。日本人には向かないんですか。
まあ、松本さんの反応見ても、そうかも知れない、と頷けるところはありますが。

難しいのかなぁ。
どっかに情報まとまってた方がいいし、そもそもwikiの考え方は、こういう用途に向いてると思うんですけど。
なんか、完全なドキュメントを求めすぎてるんじゃないの?って気はしますけど。
wikiって本来は、そういうもんでもないんじゃないのかな、と。
ぶっちゃけ、いつまでも書きかけ、なドキュメントなんじゃないのかな、と思うんですが。
wikipediaの方は、査読が入って、管理者がクローズするんですかね?

まあ、そういう性質の物であれば、wikiに作るよりも、フォーラムのトピックとしておく方が、気軽に書き込めるかも知れません。
ただ、フォーラムのトピックだと、情報が古くなっても修正できないので、wikiの方がいいのかな、と思ったんですけどね。

投稿: かおりん | 2009年9月28日 (月) 11時28分

>そもそもwikiの考え方は、こういう用途に向いてると思うんですけど。

そう。「向いてる」んですよ。向いてる筈なのに、なんですよね(笑)。

>なんか、完全なドキュメントを求めすぎてるんじゃないの?って気はしますけど。

そうなんです。元々作りはじめる場合は「不完全」で構わないんですよ。適当に書いてほっぽっちゃっておく(笑)。
その辺読んだ人が「ここはもっと正確に・・・・・・」とか「ここは古くなってるな・・・・・・」とか感じたら、「勝手に」修正していけばいいんですよね。誰に断るでもなく。んで、管理側も当然、「これはちょっと・・・・・・」って思った場所を「勝手に」削除するなり履歴から戻しちゃえば良いものなんです。
そーゆーもの、なんですが・・・・・・。
どーもねえ(笑)。書き手に「正確さ」を求めるとか、意外とメンタリティ的な問題でとにかく「メンド臭く」なってくわけですよ(笑)。いーかげんさが認められ辛い、と言うか(笑)。

>ぶっちゃけ、いつまでも書きかけ、なドキュメントなんじゃないのかな、と思うんですが。

そう言う事です。かおりんさんが感じてる事が正しいんですが、そう言う風に「ならない」っつーか「なれない」人の方が多いんですよねえ(苦笑)。構えるし、「もっと正確に!!!」とかそんな感じになっちゃう。

>wikipediaの方は、査読が入って、管理者がクローズするんですかね?

そうですね。
何人かが全体見る、ってのは難しいんで、「得意な記事」ってのを手分けして見てるようです。そう言うグループをいくつも作って。
んで、例えば「削除」関係のアナウンスは「ノート」ってトコに記述してるんですよ。絶対読み手の立場考えて、本文中に「修正しました」とかは書きません(笑)。当たり前ですよね。
その辺、mediawiki(wikipediaで使われてるwikiシステム)も作り方が上手いんですよね。記事自体がゴチャゴチャしないように気を使っています。

>フォーラムのトピックだと、情報が古くなっても修正できないので、wikiの方がいいのかな、と思ったんですけどね。

使い勝手と言うか、かおりんさんの言う通り、本質的な意味では「そう」なんですよ。
ただ、やっぱ「他人の記事を改竄する」って方に捉えがち、って部分があるんですよね、日本の人だと(笑)。

投稿: cametan | 2009年9月28日 (月) 12時07分

ワタクシが理解できる程度なので、そう思ってる方は多いと思うんですが、面倒なんですかね、きっと。(笑)
ワタクシがやらないのは、単に、そういうところまで関わろうと思ってない、ってのが根底にあるんですが。
#どこまで行っても無責任な傍観者がラクという、ずるい考えで。(^^;

責任取らされることはないと思いますけど、着手しちゃったら、気になるでしょ。


>ただ、やっぱ「他人の記事を改竄する」って方に捉えがち、って部分があるんですよね、日本の人だと(笑)。

ってことなのかな、と理解しました。
「改竄」になりそうな意識が強いんでしょうね。
仕様書なんか書く場合には、結構他人の書いたところも気にせずガンガン修正かけるんで、もしかしたら職業プログラマとかの方が、Wikiには抵抗ないかも知れませんね。

投稿: かおりん | 2009年9月28日 (月) 22時33分

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