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非常に同感である。

国語力とプログラミング力の関係 解説編 − @IT自分戦略研究所

余談はさておき、建物を造るのも、車を造るのも、ソフトウェアを作るのも、何かを「つくる」ことにおいては共通している。しかし、ソフトウェアは、ほかのものと違い、工業的生産物としては、言葉との関連が強い。どんな製品を「つくる」にしても、最初期の段階では何らかの形で文章にした企画書を書かなければならない。当然のことながら文章力が要求される。ソフトウェアはその最たるものである。ましてや、その後の要求仕様、詳細設計、コーディング、使用説明書、いずれにおいても文章力、というより、言葉力が必要とされる。ここで「言葉力」と書いたのは、文章のみならず、言葉の使い方のすべての面における能力を指したいがためである。

ある方から、紹介されたサイトなんですが。
書かれている内容には、強く感銘というか、同じことを考えているな、と思いました。
同感です。
モノを作る立場の人間は、みな、言葉、何かを伝える手段を軽視しがちですが、ここが一番実は重要なのではないか、と常々思ってたりします。
ソフトウェア作成は、母国語ではありませんが、言語を使います。

ある意味、母国語をきちんと理解し、書けない人間に、なぜ、コンピュータに理解できる「文章」を書くことが出来るのか、とも思ったりします。
それらのことを、上記サイトでは、綺麗に整理して説明してくれていました。

ぶっちゃけ、この手のサイトで、久しぶりに、素直に「なるほどな」と思いました。(笑)
#基本ひねくれ者なので、斜めから読む癖が付いてる。(^^;
「言葉力」。うん。いい言葉かも知れない。(笑)

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コメント

プログラムとの関係はわかりませんけど、いまの学校教育で「文章の書き方」みたいなカリキュラムがないのは事実ですね。英語圏のハイスクールでは必修です。日本の「作文」は、文章で表現されている内容の方を重視してます。それはそれで重要なので、十分にやってくれるのはいいんですが、ツールとしての文章の使い方とか文章の構造とか、そういった視点からのトレーニングはありませんね。翻訳やってると、これがよくわかります。はっきりいって、日本人の書いた文章は、下手くそです。論理的に展開してくれないんですよ。元ネタでも主語と述語が対応していない例文が上がってましたけど、あれはザラです。もっと大きな構造でも、ネタを振っておいてオチがないとか。こういうのを英語に直すと、誤訳じゃないかって翻訳者のセンスが疑われてしまいます。困ったものです。

ただ、学者の人がそういうのを言うのは……。というのは、どういうわけか、学者の中にかなりの確率で救いようのない日本語を書かれる先生がいるので。教育関係者ならカリキュラムの改善もできるわけだし、自分で言っちゃいけないんじゃないかと思うんですよね。

投稿: 松本 | 2010年8月 5日 (木) 21時05分

そうなんですか。
ワタクシの頃だと、中学校くらいで、文法的な構成を中心とした文章の書き方、みたいなのを教わった気がします。
まあ、教師によって教え方も違うかも知れませんので、たまたま、そういうのを重視した教師に教わった、という可能性もないではないですが。

今は違うんですか。なるほど。

投稿: かおりん | 2010年8月 6日 (金) 06時33分

> ワタクシの頃だと、中学校くらいで、文法的な構成を中心とした文章の書き方、みたいなのを教わった気がします。

今がちがうというよりも、世界的な標準だとこのレベルじゃないんですね。日本で教えてるのは初歩の初歩ぐらいまでです。これはディベートなんかでもそうなんですが、実際に論理をどんなふうに組み立てるのが効果的なのかとか、そういったレベルまで、ツールとして教えるんですね。日本の場合、ツールは軽視してますね。「起承転結」みたいなことを教えても、観念的で、じゃあ「起」の戦略にはどういうものがあるのかとか、効果的な「結」のつけ方とか、だいたいなんで「起承転結」なのかとか、そういったことは誰も教えてくれません。
もっと階層が下の文法レベルでも、ずいぶん浅いですよ。たとえば、助詞「は」が以後の文にどんな影響をもっているかとか、そういった重要なことは教えませんね(ちなみにこれは「主語の省略」とものすごく深い関係があるんですが、教えてくれるのは「主語は省略されることがあります」程度です。主語の省略の規則性は非常に重要なのに、無視されていますね)。
それに、文法は、中学で1回やったらおしまいなんですよ。文法と作文は密接に関係しているのに、そこが切れてますね。「あんまりうるさく言って生徒を型にはめたり萎縮させたりしてはいけない」という配慮があるみたいなんですが、それはそれでちがうだろうなあと。このあたり、プログラミングでも似たようなことはあるんじゃないでしょうか?

投稿: 松本 | 2010年8月 6日 (金) 10時13分

プログラミングに関しては、学校で教わったことがないので、どういう教育しているかは解りませんけどね。
現代国語に関して、高校生の時に、「戦略」的な意味合いではないのですが、なぜ起承転結が重要なのか、というのは、教わったように思います。
文法的な部分に関しては、やはり、教師によるのでしょうが、その関わりで、教わったような朧気な記憶がありますが。
以降の、例えば省略の効果的な使い方とか、その辺は、別途自学したような気がしますが。

文法的な部分は、現代国語だけではなく、古典の方でもやると思うので、そこから現代国語では、なぜそうなってるのか、の関連付けて覚えたような気がしますね。

ただ、いずれも、そのレベルって言えば、そのレベルで、「ツール」としての使い方ってのは、確かに学校の授業等では習った(教わった)覚えはありません。

例えば、小学校の頃、読書感想文など、夏休みの宿題で、よく出されていましたが、「どう書けばいいのか」に関しては、教えてくれなかった気がします。
#なので、散々な読書感想文ばかり書いてた覚えが。(^^;

宿題などに関しては、「夏休みに確かに本を一冊読んだ」証拠程度に扱われた気がしますね。(笑)

世界水準が「ツールとしてのレベル」まで教えてるのだとすれば、日本は立ち遅れてるんですかね。
まあ、日本語は難しい、とはよく聞きますが。

投稿: かおりん | 2010年8月 6日 (金) 10時41分

> 読書感想文など、夏休みの宿題で、よく出されていましたが、「どう書けばいいのか」に関しては、教えてくれなかった気がします。

そこなんですよね。
ウチの息子(小学校2年)が感想文の宿題もらって、そこには「こういう手順で書きなさい」みたいなマニュアルがあったんですけど、それってちょっとちがうんですよ。そもそもゴールが設定されていないので、マニュアル通りにやっても「作業した」っていうだけで、あとに残るものがない。

日本であんまり「どうやって書くか」みたいな教育をしないのは、それが言葉だからなんですね。言葉は思想そのものですから、ここに型をハメると思想統制になってしまう。そういう危険なことをやりたくないんだと思います。
そういう意味では、息子のもらった「感想文の書き方」は、典型的にわるい方法です。こういうことやってると、確かに子どもの発想がどんどん狭められてしまいます。
そうじゃなくて、あくまでツールの使い方なんですよね、必要なのは。こういうツールをこういうふうに使ったら、こういうアウトプットが出ますということは、日本語の難しさとは別な次元だと思うんですよね。

ま、私はあたった先生がわるくて、そういう個人的怨恨で全体をわるく見てるだけなのかもしれません。かおりんさんがラッキーだったのか、私がアンラッキーだったのか……。

でも、大学の先生の中に無茶苦茶な日本語書く人が少なくないというのは事実です。どうにかならんかなと思うんですが。ま、本題とはえらく離れたとこに来てしまいましたけど。

投稿: 松本 | 2010年8月 6日 (金) 11時42分

「書き方を教わる」ってのは、こう、マニュアルを展開して欲しいってわけじゃないんですよね。
まあ、マニュアル化するしかないのかなぁ。
ポイントは、
・全体を理解し、
・本の中で、自分がポイントだと思った部分(感動した部分)を捉えて
・ポイントを整理し、
・自分の言葉で、思ったことを書く、
ってことなんだと思うんですが。>読書感想文

その為に、「どこがポイントだと捉えるか」などの方法論とかですね、ポイントの整理の仕方ってのを、教えてくれればいいと思うんですがね。
さすがに、これは、学校では教わらなかった気がするなぁ。

むしろ仕事の中で覚えたというか。(笑)

起承転結の重要性も、教わりはしましたが、身に染みたのは仕事始めてからですしね。
ただ、その身に染みた時に「ああ、あの時先生が言ってたのはこういうことは」とは思いました。
その時に、役に立たなくても「教わっておいて後から役に立つこともあるんだなぁ」なんて思った一例でもありますが。

ワタクシは、基本的に興味のないことを「教わる」のは好きじゃないので、学校の勉強なんかキライだったんですけどね。
詰め込みも、ある意味悪くないのかな、なんて思った事例ではありますね。

それはそれとして。
せめて、文章の書き方の基本的なことくらいは、小中高で教えて欲しいものだ、とは思います。

投稿: かおりん | 2010年8月 7日 (土) 06時50分

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